読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「HAPPYと心の居場所」by首都圏在住シンママ

離婚後、首都圏で事務員→フリーランス(システムエンジニア&ライター)を目指すシングルマザーのブログ

恵まれているかどうかは自分の捉え方次第

自分自身、日記

祖母のお葬式の時、いろいろ視えると噂を聞いていた祖母のお姉さんに

目が合った瞬間に「あなたは恵まれすぎたのね」と言われた。


「あなたは恵まれすぎたのね」の真意はわからなかったけど、

その後に手を握られながら言われた「あなたは死んだらダメよ」という言葉に衝撃を受けた。


中学生の頃、不登校でネットゲームに依存し、

過呼吸を起こす日々でもういっそ死にたいと思った事があった。


見抜かれていたのかな?


辛い時はその言葉を思い出して踏ん張れてきている。


その方はもう亡くなってしまっているのでわからないけれど、

恵まれすぎた、というのは産まれた時の環境や私を取り巻く環境などの事かな、と思っている。


恵まれすぎたから人より辛い事も起きてきたのよ、という意味かと勝手に解釈してる。




生まれた時の環境はもうその時にあったものだから何とも言えない…

家庭環境は決して幸せな状況ではないけれど…


でも今の私は恵まれていると思う。


夜働いていた時も今も職場(お店)や人(職場の人、お客さん)に恵まれてた。


何より私はずっと誰かと同棲もしくはルームシェアして生きてきている。


子連れなのにルームシェアしてくれる方々に心より感謝しています。



ワンオペ育児(シンママは当たり前だけど)は本当に辛い事もあるけど

間違いなく家族を含めた、【人】に支えられて

生きれていると実感する。



恵まれすぎたのではなくて

私は確かに恵まれている。


そしてそれは行動する事から繋がっていく【人】との巡り合いや関わり方、

自分自身の心の在り方の反映だと思っている。



恵まれているかどうかは自分の捉え方次第。



自分が恵まれていると思わなければ、

自分が不幸と思っていたら、

第三者からどのように映っていても

その人にとっては恵まれてない環境になる。



自分の考え方や努力で

状況は作れるし、

恵まれているかどうか決めれる。


自分は不幸と捉えるのは心が…ギュって苦しくなるよね。